転んでできた擦り傷。特に、土や砂、錆びた金属などに触れる環境で怪我をした場合、私たちは、傷の痛みや見た目だけでなく、「破傷風」という、目に見えない深刻なリスクについても、頭の片隅に置いておく必要があります。破傷風は、破傷風菌という細菌が、傷口から体内に侵入することで引き起こされる、命に関わることもある重篤な感染症です。破傷風菌は、世界中の土壌や、動物の糞便の中などに、広く存在しています。この菌は、酸素のない環境を好む「嫌気性菌」であり、普段は「芽胞(がほう)」という、硬い殻に覆われた休眠状態で、非常に強い抵抗力を持っています。そして、この芽胞が、擦り傷や切り傷、特に、土や泥で汚れた、深くて酸素が届きにくい傷の中に入り込むと、発芽して増殖を始め、強力な神経毒素を産生します。この毒素が、全身の神経に作用し、筋肉の異常な痙攣を引き起こすのが、破傷風という病気です。初期症状は、傷口から少し離れた、口の周りの筋肉のこわばり(開口障害)から始まることが多く、「口が開きにくい」「顔が引きつる」といった症状が現れます。その後、痙攣は首や背中、そして全身へと広がり、最終的には、体が弓のように反り返る「後弓反張(こうきゅうはんちょう)」という特徴的な状態に至ります。呼吸筋まで麻痺すると、窒息の危険性もあります。破傷風の恐ろしい点は、一度発症してしまうと、特異的な治療法が少なく、集中治療室での厳重な管理が必要となる点です。そのため、何よりも「予防」が重要となります。幸い、破傷風には、「トキソイドワクチン」という、非常に有効な予防接種があります。日本では、多くの方が、子どもの頃に、DPT(ジフテリア・百日咳・破傷風)混合ワクチンとして、定期接種を受けています。しかし、ワクチンの効果は、時間と共に弱まっていき、最後の接種から10年以上経過すると、免疫が不十分になっている可能性があります。土いじりをする機会が多い方や、アウトドアでの活動が好きな方、あるいは、汚れた傷を負ってしまった場合は、医療機関で「破傷風トキソイド」の追加接種を受けることが、最も確実な予防策となります。怪我をした際には、傷の手当てと共に、自身の予防接種歴を確認する習慣も、ぜひ忘れないでください。
擦り傷と破傷風、知っておくべきリスク