長引く咳の原因を探して、呼吸器内科や耳鼻咽喉科を受診し、様々な検査をしても、特に異常が見つからない。そのような、原因不明の慢性的な咳に悩まされている場合、その犯人は、意外にも「胃」にあるのかもしれません。胃酸が食道に逆流することで起こる「逆流性食道炎」が、胸焼けや呑酸といった典型的な症状だけでなく、しつこい咳の、隠れた原因となっているケースは、実は少なくないのです。胃酸の逆流が、なぜ咳を引き起こすのでしょうか。そのメカニズムには、主に二つの説が考えられています。一つは、「直接刺激説」です。就寝中などに、胃から逆流してきた強力な酸である胃酸が、食道を越えて、喉(咽頭)や、気管の入り口である喉頭(こうとう)まで達してしまう。この胃酸が、喉頭の粘膜を直接化学的に刺激し、炎症を起こすことで、防御反応として咳が誘発される、というものです。この場合、声がれや、喉のイガイガ感、飲み込みにくさといった症状を伴うこともあります。もう一つの説は、「食道気管支反射説」です。こちらは、胃酸が喉まで達していなくても、食道の下部に逆流してきた胃酸の刺激が、迷走神経という神経を介して、脳にある咳中枢に伝わり、反射的に咳の発作を引き起こす、というものです。この場合は、胸焼けなどの消化器症状が主で、喉の症状はあまり感じないこともあります。逆流性食道炎による咳には、いくつかの特徴があります。まず、「食後」や「横になった時(特に夜間)」に咳が悪化しやすいことです。また、一般的な風邪薬や咳止めが、ほとんど効きません。胸焼けや胃もたれといった、他の消化器症状を伴うことが多いですが、中には、咳だけが唯一の症状という人もいます。もし、このような特徴に心当たりがあれば、消化器内科を受診し、相談してみることをお勧めします。診断は、問診に加え、胃カメラ(上部消化管内視鏡検査)で、食道の炎症の有無を確認することで行われます。治療は、胃酸の分泌を強力に抑える薬(プロトンポンプ阻害薬など)が中心となります。この薬を服用することで、咳の症状が劇的に改善する場合、その咳は、逆流性食道炎が原因であったと、診断的に判断することができます。長引く咳の謎を解く鍵は、意外な場所にあるかもしれません。
逆流性食道炎が引き起こす意外な咳