私の祖父が七十八歳のときに経験した帯状疱疹は、私たち家族にとって「病気の無知」がいかに恐ろしい結果を招くかを教えてくれた、忘れられない出来事でした。ある朝、祖父が「腰のあたりがピリピリして重い」とこぼしましたが、私たちは「畑仕事の疲れだろう」と、本人と一緒に笑って済ませてしまいました。数日後、祖父の背中から腹部にかけて赤いブツブツが現れましたが、祖父は「昔の人はこんなの放っておけば自然に治ったものだ」と、病院へ行くのを頑なに拒みました。私たち家族も、祖父の気丈な言葉を信じ、清潔にしていれば自然治癒するだろうという誤った判断を下してしまったのです。しかし、一週間後、祖父は痛みのあまり布団から起き上がれなくなり、夜通しうなり声を上げるようになりました。慌てて救急で診てもらったときには、水ぶくれは破れて化膿し、祖父の体力は極限まで削られていました。入院して点滴治療を受けましたが、医師からは「もっと早く連れてきてくれれば、ここまで神経がボロボロになることはなかった」と告げられました。高齢者の場合、免疫細胞の働きが若い頃よりも格段に遅いため、ウイルスが増殖するスピードに防御が全く追いつきません。その結果、神経へのダメージは深部まで及び、後遺症のリスクが格段に高まってしまうのです。祖父は皮膚が治った後も、服が触れるだけで悲鳴を上げるような激痛に三年以上苦しめられました。大好きだった散歩も行かなくなり、笑顔が消え、認知機能まで少しずつ衰えていく様子を見るのは、家族として耐えがたい苦しみでした。この経験から私が学んだのは、高齢者の「大丈夫」や「自然治癒」という言葉を絶対に鵜呑みにしてはいけないということです。高齢者にとって、帯状疱疹は単なる皮膚病ではなく、その後の人生の活力を根こそぎ奪いかねない「人生の分岐点」となる病気です。家族にできることは、わずかな痛みの訴えに対していち早く気づき、たとえ本人が嫌がっても「念のための検査」として病院へ連れて行く強制的な優しさを持つことです。また、五十歳を過ぎたら接種可能な帯状疱疹ワクチンの存在を教え、事前の備えを促すことも、現代における重要な家族の役割です。祖父の痛ましい数年間は、私たちの無知に対する高い授業料でした。もし、あなたの身近な高齢者が「ピリピリする」と言い出したら、どうか私の話を思い出してください。自然治癒を待つ一日は、後遺症を防ぐための十年に匹敵する価値があるのです。
祖父が経験した帯状疱疹と家族が知っておくべき高齢者の自然治癒リスク