昨年の冬、深夜二時に突然の激しい腹痛に襲われ、私は意識が朦朧とする中で救急外来へと担ぎ込まれました。慌てて家を飛び出したため、財布の中には数千円の現金しかなく、健康保険証も自宅のテーブルの上に置いたままでした。診察と処置が終わり、会計窓口で提示された金額は三万五千円。普段なら三割負担で一万円程度で済むはずの内容でしたが、保険証がないために十割負担という現実が突きつけられました。私は手持ちが足りないことを正直に伝えましたが、病院側からは「本日は預かり金として一万円をいただき、残金は後日お支払いください」との提案を受けました。もしこれが全額支払わなければならない規則であれば、私は支払いに窮していたことでしょう。翌日、私は激しい体力の消耗を感じながらも、返金のために再び病院へ向かいました。同じ月のうちに有効な保険証と前夜の領収書を提示したところ、事務の方は手際よく精算をやり直してくれ、差額の二万数千円が戻ってきました。あの時、戻ってきたお札の温かさを感じながら、私は日本の健康保険制度がいかに私たちを守ってくれているかを痛感しました。同時に、保険証がない状態での受診がいかに精神的なストレスになるかも学びました。病院という場所は、病気を治す場所であると同時に、厳格な公的契約が交わされる場所でもあります。あの日以来、私はスマートフォンのケースに保険証のコピーを一枚忍ばせ、さらにマイナンバーカードの保険証紐付けを即座に完了させました。テクノロジーが進歩した現代では、物理的なカードに頼り切るリスクを分散させることができます。また、診察券と保険証をセットで一箇所のポーチにまとめておくことも徹底するようになりました。あの夜の激痛と、窓口で支払った高額な現金の重みは、私の健康管理意識を根底から変える大きな転換点となりました。保険証がないとき、私たちは医療という防波堤の外側に一人で立たされるような不安を感じますが、制度を正しく理解し迅速に行動すれば、その壁は再び私たちを守ってくれるものへと戻ります。私の失敗談が、今まさに同じ状況で戸惑っている誰かの指針となり、不安を解消する一助になれば幸いです。
深夜の救急受診で保険証がなかった私の体験と現金の重み