私が実家の父の異変に気づいたのは、昨年の盆休みに帰省した際のことでした。いつもなら几帳面だった父の部屋が散らかり、冷蔵庫の中には賞味期限の切れた食材が並び、同じ話を何度も繰り返す姿に、私は言いようのない不安と焦燥感を覚えました。まだ一人で歩けるし食事もできているけれど、このままでは遠からず生活が破綻してしまう。そう直感した私は、翌日すぐに地元の地域包括支援センターの門を叩きました。そこで初めて、介護保険サービスを利用するための介護認定を受けるにはどうすればよいのか、一から教えてもらうことになりました。まずは申請書を市役所に提出するのですが、父は「自分はまだ大丈夫だ」と頑なに拒否しました。センターの職員さんのアドバイスを受け「これからも大好きなこの家で暮らすための健康診断のようなものだよ」と説得を続け、ようやく納得してもらうことができました。一番の難関は、認定調査の当日でした。調査員の方が来ると、父はいつも以上に背筋を伸ばし、できないことも「できる」と答えてしまったのです。私は横から、夜中に何度も起きて徘徊に近い行動をしていることや、薬の管理ができなくなっている実情を、父のプライドを傷つけないように配慮しつつメモで調査員に渡しました。調査員の方はそれを見て深く頷いてくれ、本人の建前と家族が見ている真実の両方を汲み取ってくれました。また、長年通っている内科の先生にも事前に手紙を書き、最近の物忘れのひどさを主治医意見書に反映してもらえるようお願いしました。申請から約三週間後、封筒で届いた結果は「要支援二」でした。この結果を受けて、ケアマネジャーさんが父の希望を反映した支援プランを立ててくれました。週に一度のデイサービスと、手すりの設置といった住宅改修の助成を受けられるようになり、父は以前よりも明るい表情を見せるようになりました。私も遠く離れた場所で仕事をしていても、地域のプロが父を見守ってくれているという安心感に救われました。介護認定を受けるには家族の忍耐と事前の根回しが必要ですが、その手続きを終えた先には、家族だけで抱え込んでいた重い荷物を社会全体で分かち合える新しい日常が待っています。あの時、父の反対を押し切ってでも動いた自分の判断は、今思えば父への最高の親孝行だったと確信しています。もし同じように迷っている方がいたら、まずは地域の相談窓口を頼ってほしい。そこには必ず、あなたとご両親の未来を支える道標があります。
離れて暮らす親の異変に気づき介護認定を申請した娘の奮闘記